位も漢方で決まっているんだろうか?
三焦という言葉を知った。
昔、山吹色の染色された男性の服は、皇族しか着れないと聞いて、割と大事にしていたが、二回も人生の中で見ると、そんなに大事かなと思う。
同じく知っていることを中医の言葉で知った時は、安易に水商売の家系に漢方を持ち込むなと本当に思って、これは、武器だわと思った漢方が一個だけある。
それは、何かは言えないが、大抵近づかない。
昨日の夜中に、中医をやって、ふと、近所の野菜屋さんで買ったパンを食ったらコインシデンスに地震が起きた。
日本でである。
六甲から、鬼門か、鬼門じゃないのか知らない方法で自宅の近所を知った時、なんか今日はうまくいきそうな気がすると思って夜中勉強をしていた。
南を向いていた。名前が方角だからである。
北枕で寝ていた。
さて、鬼門の方向が五月蝿いと思い、偶然明治生まれの祖父の言葉が蘇って、鬼門に札をして寝たところ、上を向くと聖書が置いてあり、これはラッキーとカバンへとしまいこんだ。
パンを食べる前、家鳴りがひどく、空気が澄んでいたので、音がかなり通る変な気温と天気だった。
メスがオスを追いかけていたが、オスが逃げていたという不思議な光景も見た。
鳥のことであるが。
さて、札を張った瞬間に、家鳴りが止まった。
ますに何か入ったようである。
テリトリーに死人が入ったようなものだった。
気が付いてみたら、時刻のイチノケタが、死の数字であり、四国のどこかで巨大地震が起きたというニュースが入ってきてびっくりした。
方角の名前が、南を向いて、鬼門にお札を貼ったら、ここにいるところから何キロか離れたところの鬼門の場所に地央が入っていたのである。
おや?と思ったが、家鳴りが消えて、静かになる時間のほうが多くなった。
震度を見ると6強。
別に地震の神様がいるとは思わないが、地震が起きたところを見ると、人柱が慌てていたような気もする。
一応手伝おうと思って、その漢方を飲んだら、音の方面が静かになり、鳥の鳴き声が復活していたのは記憶に新しい珍しい光景に直であったもよう。
なんの漢方か言っても仕方がないが、地方によれば、超能力を生み出し、迷惑被る地方の人種が地獄に落とされるとかで。
そういえば、中山寺の地獄絵図を思い出した。
漢方と寺の関係はよくわからないが、聖書は重いと感じる。が、位置を変えると凶器にもなる。
兎に角、鬼門に札を貼って、様子を見てみたのは私の回答が合っているということ。
漢方の極端に嫌っている人が、動かなくなった。
地央と占いに関係があるのだろうか。
母の予言は続く。
音が五月蝿くない。日本語を知らない外国人が読んでいるかのようで、頭がおかしいのか、頭が悪いのか、私がわからないから、相手が重症患者のように見えて、やはりこの漢方を飲ませた方がいいんじゃないかと、下手な横好き、余計なお世話を書いている。
さて、地獄絵図のことであるが、親が離婚して、母親に今の父親に連れられて籍に入ったという訳のわからない人の友達になった。
本籍がそこであるはずがないのに、やたらに京都の童歌を知っており、聞くところによると、南禅寺の湯豆腐が腐っているほどの大飢饉が襲ったとかで、室町時代の応仁の乱の話の後の方のことであると思われ、やたら腐った豆腐はしずんだか?と、豆腐は腐っても食べるのか主流の田舎に引き篭もった天下統一の武将が、兎に角何かあれば、田舎から出てきて、田舎に帰ると、南禅寺の豆腐が腐っていて、沈ませるのに苦労したという話が田舎に残っている。
腐った豆腐を鎮めたのが、四国の愛媛と高知である話は私もよく知っているが、その豆腐が、地底から浮かび上がってくるほどのプレートの跳ね返りであったのだろう。
迷惑千万である。
地獄絵図を知りたいと思い、何回か通ったが、まさかコロナ禍が流行り、紅麹が、事件として罷り通り、政府の支持率が下がって、戦争に向かっているのを田舎や都会から見ていると、ところで腐った豆腐の童歌の出所は?と、こっちから問いかけたくなる歴史の裏話である。
その辺がよくわからない。
私の知るところでは、お花のお稽古の時に、本を渡されたが、同時に渡さないほうがいい人のリストもラベルのように教わった。
かわいそうにそこの渡さないほうがいいんじゃない?と、言われた家庭の人たちは、漢方を飲んだ日に限って、家から出てこなかったり、私のせい?と、思わされたり、結構迷惑なだけの患者のようにも見られ、悪口は一回も言ってないが、そこの旧姓の名前が自然に世間から失われるという効果も頂戴したような。
行動も制限され、旧姓が消えると、嘘を言ったか、本当に迷惑なやつだけの話やったということに閉じてしまい、それはおばあさんのせいであって、私ではない、鬼門のお札が効いていると、地震とは別なのか、同じなのか、それは思えた。
私のせいではないが、薬ってへぇーと思うところが多々ある。
明治生まれの祖父を持っていて、良かったと思える漢方であった。
多分先祖が悪さをしたんだろう。子孫繁栄は亡き者と心得、お寺参りが待ち遠しい。
やたら、悪いやつっていますね、という時に、そういう旧姓の人物の女と若い男の子が目に入る。そうですねと言いながら、へぇーと思う過去からの慣わしであった。
骨折り損のくたびれもうけという言葉を知っているかいないかで大層大違いがある。時を読めないとか、時を読めないとか、時を読めないとか。
体型の共通点は性別に関わらず、足が短い。
黄色人種だろうか?
欧米諸国は足が長く、結婚の対象になるが、正直言って足の短い人を伴侶にもらっても世界的に羨ましがられないのはどこもここでもあそこでもおんなじ体の部落と思われ。
何を言われても自慢にならないので、ボツであった。