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ヘソで茶を沸かしながら番茶も出花

スタバとタリーズ

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スタバとタリーズ

スタバの誕生といえば、フランスだったかなと。大学で、第二外国語をフランス語にして、選択後、単位を取った。大正時代、女子校はあったものの、まだ、大学すらなかったため、頭が良くっても、語学専門学校に進んだ祖母と祖母の姉が大喜びしていたのを覚えている。祖母は、女子校で、フランス人とドイツ人の移民の集団に物理学を教わって、英語に訳して理解していたのを、成績表を後に見た曾祖父が、ある日、祖母を北海道の私有地の牧場に連れていき、「お前が男だったらこの羊牧場を任せられるんだがな。」と、女に生まれたことを残念がられたので、少し時間がかかったが、高学歴の旦那を捕まえて、なんとか人生挽回しようとしていた、かなりというか、結構野心的なところもあり、祖母の姉もやっぱり、高学歴な旦那を捕まえて、籍に収まっている。祖母の姉は、友白髪だったのだが、今度101歳を迎えるので、まだまだ、御盛況である。

女が女の身で、大学進学を諦めるってところを旦那を高学歴にして、満足しようという気には孫の私は、ならなかった。高学歴は自分でないので。理系の女の子は怖いところがあるとは散々祖母の妹の修道女であるシスターには言われ続けていたが、シスターも、あなたの英語は大したことがないわねと、反論することもしょっちゅうで、じゃあ、いつか、フランス語で話したろうか、と、可愛くもない生徒として扱われている。

祖母の7人兄弟姉妹は、全員豪州育ちであった。私が理系になったからといって立ち向かえるわけもなく。理論武装して一度家に赴いたことがあったが、大学入って鼻高くしてんじゃないわよ、と、トイレに行く方向に向かう右足を引っ掛けられたことがある。頭から床まで一撃で倒れた。(怖い怖い)

そんなとき、「あまりえばっては、この家で怒られるのかも。」と悟ったため、話題はどうにかして祖母の心をくすぐるかのような語学の話でまとめ始めようか、と、ほとんど日常会話は語学の話ばかりで、フェルマーの定理が解決したとか、祖父の医学校で使っていた有機化学の本が古本屋で見つけたのだが、役に立ったとか、言えなくなった。祖母がその話を聞くと、正露丸を飲み始めるからである。(要するに体が受け付けない)
高学歴のおじさんやおばさんの話に紛れ込んでも、お食事だけは美味しかったとご飯の話ばかりするので、おばあちゃんのために勉強やめてあげようと、一度勉強の筋を絶ったら、勉強のしすぎだと、フランス旅行を当てたから一緒に行こうと誘ってもらった。他の従姉妹達の第二外国語選択が何故か中国語だったり、韓国語だったりしたからだとかで。
しまった、今からでも教科書みとくか、と、旅行カバンに教科書をつれて、旅行に赴いたわけなのだが、たまたま、別のツアーで来ていたお母様が祖母と私と同じ語学校の卒業生で、干支は一回り違うみたいだが、なんか見たことのある人だなぁ、という子に出会った。

夜中一人だけ抜けて何処か行こうとするので、あまがっぱを着た私はついて行ったわけなのだが、フランスの地方で土砂降りの中を、コーヒー屋さんに入っていこうとするのだが、日本人なので、フランス語ができない。相手のフランス人も障害者の方で、フランス語しかできず、たまたま、すり抜けようとした私を捕まえて、女の子、「中にはいってコーヒーをテイクアウトしたいので、頼んでくれませんか?」と言われたので驚いた。たまたま、大学の先生が、東京の大学から来られた講師だったので、何かにつけて、問題の質問をしにいくと、「ちょっとまってね。」と、フラ語で返してくるので、そっちを見聞きして覚えていたため、「なんか、待っててねという言葉を返したところだけ聞き取れる。」と、しばらくしたらコーヒー持ってくるんじゃないの?と、あしらった。帰り道、同じホテルだったので、別行動で帰ったところ、住所の11というのが、分からないので、教えてくださいと、女の子が。石畳の角の数を11個ここから数えて通り越したホテルが今泊まっているところ、と、教えてあげると、コーヒーを持って部屋に入っていったところまでは覚えている。

祖母との旅行は人の手助けで終わったところもあったのだが、日本に帰ってみれば、スターバックスというお店が出来ていて、コーヒースタンドとか新聞記事に書いてあった。

父が、病院にスターバックスを入れようという動きがあるんだが、おまえ、スターバックスって知っているか?と聞かれ、うまい飯とコーヒーが出るという初代マクドナルドみたいなとこらしいよ、と、話すと、理事会に言ってくると、大学に出ていってしまわれた。

その後、フランスから帰ってきて、見たものは、病院にスターバックスがあるという話で、病院の診察は今ひとつ受け付けないのだが、スターバックスがあるなら、別の話だ、と、何も用はないのに、病院へ出向いたら、地下のローソンに、小さなスターバックスのコーヒーが、単独で売られているだけであって、手厚いもてなしもなく、親、気違いになったか?、と、上の階に行けば、スターバックスではなく、タリーズというスタンドが出来ていて、結構期待を裏切られたのは記憶に新しい。

大学に帰った年、死体が生き返ったという読売新聞の記事をたまたまお花を習っていた阿倍野区の先生のところで読んで、話題に上がったが、見てきたらというお花の先生のおすすめ通り、大学の病院に見に行った。

そこに見たものは、死体が浮かび上がったあとではなく、本日開店のスターバックスではない、タリーズがあったわけなのだが、のち、父の仕事先である神戸の病院でも、やはり、タリーズができていて、あれはなんだ、スターバックスか?と、父がボケて話すのを見て、やはり私は、スターバックスではなかったと、再確認するに至った。おわかった!俺の財布の中身がタリンズだから、タリーズが、入ったんだと、ダジャレは言っていたが、しばらくドトールと、スターバックスしか行ってなかったので、この間、仕事先で、座ってばかりいたので、脱腸ならずとも、痔に似た症状が現れ、先生の紹介で、お尻の手術に行った際、名医で、手術成功を一日で終わらせた人にあったとき、全身が非常につかれて、だけれども、お財布の中身を握らなければと、ドキドキしながら会計に向かったわけなのだが、廊下に偶然タリーズを見つけて、しんどくって中に入って注文した際、ウエイターのお兄さんの介護がしんみりと痛み入り、病院を去った頃には、タリーズが、美味かったということだけが記憶に残っていたという。

フランスで見た日本人の女の子の名前はよく知らない。ただ、たまに、旅行で出会うことのある不思議な子どもである。もう大人になったと思われるが。

スターバックスが、なくって、病院が関西圏全部ほとんどタリーズであることは、悪くもないのだが、出雲大社へ行った際、島根県は、砂漠だらけで、ここには、砂場の、跡地にスターバックスがあるだけで、と、名物タクシー運転手に出会ったのだが、なんか、テレビの番組で、知事さんか、市長さんに似ているんだが、気のせいだろうか?、と、スターバックスのある砂地の島根県出雲大社には、気に入っていると私の中では気に入ったところであるとランクインしている。

案の定、家族はお金がタリンズ状態で、最近はそんなに外食はしない。

家では、インスタントコーヒーが机の上にあるだけで、かき氷はトッピングに5種類以上の甘いもんを入れるかき氷スターバックス化している夕食後を楽しんでいるわけなのだが。やはり、コーヒースタンドは何処でもなんのブランドでも良いものである。

そういえば、六甲に新しくコーヒースタンドができたのだが、プチ同窓会をやってきた。

相手がお医者さんなので、それなりに医学の話で話を合わせるかと、お話相手なのに、何を話すかこっちで用意していたところ、向こうから挨拶で、こっちから中医学の資格を取ったと言わざるを得なくなってしまった状態になり、案の定開業の話が出た。相手は産業医の仕事をしているらしく、国際的に患者さんを助けてみているらしい、それはすごいと思われるが。

なんでも、マニュアルがあるから、楽よ(診察が)という話であったが、今ひとつ浸ってきた自分の周りにしがみついていたのか、開業という言葉に反応せず、帰る頃には、診察はマニュアルがあるから、楽ということしか頭の中に話の筋として残らなかったという。

さて、薬膳の資格も同時に中医学からもらったわけなのだが、やはり、コーヒースタンドはどこもかしこも、コーヒーを出すので一緒、と思っていたら、違うとかで。

タリーズはスパゲッティを出すからスターバックスと違うというマニアにも出会った。

博士課程の論文を出したり、レポート提出の際には、学問のレベルが違うので、多分単位取れず、おおごとになり、やる気を失せる頃には退学というルートも頭の中をよぎったのだが、進まないストレスをマクドで笑顔くださいと、無料で要求する他大学の物知りの生徒を間近で見て、英語でその様子を訳し、レポートにそれを書いて、教授が受けて、一つランク上の学部のレポートを提出してやったという部員の先輩もいたわけで。

国際ルールを無視した脇道それない方法を取ると、遠まわりになるが、面白いなぁ、筋が通っているわけだし、と、念押しされると、レポートがそんなに面白かったんだ、と、会釈して、元の生活に戻してくれるという棚ぼたもあるわけで、ストレスが溜まると、勉強する人でごった返しのマクドに行っては、今日も何かしら欲しがる人で多しと、なんぼでも注文できるファーストフードに魅力ではなく、魔力を感じるわけである。

5年くらい前に、フランスのリール空港で、顔パスの税関に初めて遭遇したのだが、私の順番で、足止めを食らってしまい、5分ぐらい時間をロスしてしまった。laugh!!と、後ろで親戚の米軍兵がシャウトしたわけなのだが、あのとき、英語がわかっていなければ、入国できなかったであろう。日本でパスポートの、顔パスを関西空港で登録したとき、笑顔を真顔でして、登録完了したことをその時うっかりと忘れていた。笑顔でリール空港を通ったとき、後ろで拍手が起こった。フランスっていいところだなとその時本気で思った。シロガネーゼではなく、ナダクネーゼ、カネガネーゼ状態なのであるが、最近の欲している株主優待というのが、ケンタッキーフライドチキンの日本KFCホールディングスと、ダスキンのミスドの株主優待、たまに、何処かで、モスバーガーというのも見かけるし、ドトールに、吉野家とか、カスミちゃんのブログとか、桐谷広人さんの周知文とかで見かける。全部JR六甲道駅で見かけるものなのだが。たまに、老舗が潰れていたり、お墓を片付けるという、終活の理論がまかり通っていて、それはさみしいものなのだが、同じ金融でも、投資信託の、分配金と、株主優待だけは、まだいただける。

ナダクネーゼと言えるほどの資金があるわけてはないのだが、クロスプラスとかの優待とか見逃せないものが多いため、昔は外国に行っていた時もあったが、コロナがまだ終息していないので、経済情報だけが最近の楽しみである。あと、産業新聞とか…。

毎日がサンデーで、ヨンデー毎日の日々を送っているのだが、本当に自営業って、一人社長やってるとそんなに面白くもなく、とにかく材料費や、勉強の費用を自腹で切り抜けないといけないので、親戚の会社の株をもう関係者てもないのに、自社の自社株買いと称して、購入しては、今日は株価が上がっているので、来月の権利確定日が楽しみだとか、二足のわらじを履いているので、実質自営業そのものは動いていないわけなのだが、なんだかの形で収入を微々たるも得ていると申告するために確定申告を行っていると、これやんなきゃ自営業潰れるんだよなと、寝たきりでも体を起こして作業を朝から晩まで続けなくてはいけない。
それほど、楽して行ける仕事というわけでもなく、先祖がそうやっているから、孫の私がそれをやっているわけで、楽しそうに見えるFIREの日々も、一人暮らしをしながら貧乏生活で大学に帰っていたときの日々となんだ代わりはないわけである。

体に染み込んでいるのか、叩き込まれたのか、それほど、お金を使って何かを買いたいとか、欲求はなく、今日は変化があったというような、変化を受け入れる自分になりつつあることは、最近自覚しだした。
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